スフさんのこと

 

 

バータルスフさんが亡くなった。ぼくはスフさんと呼んでいた。

 

スフさんは、ちょっとこまったおじいさんで、酒を飲んで「金をくれ」と電話してくる。「二度と電話してくるな!」と喧嘩になった。それでも、年金が少なくて金が必要だというので時々翻訳の仕事を回していた。スフさんの翻訳はちょっと古くさい日本語だったけれど、酒を飲んでないときの仕事ぶりは正確だった。ロシア語と日本語が得意で、かつて外務省に勤務して日本やイギリスに住んでいたこともある。そんな仕事も酒のせいで失ったと聞いた。酒のほかに好きなのは釣りで、山奥でタイメンを釣り上げた武勇伝を楽しそうに話していた。

 

正直、スフさんのことは、ここ数年忘れていた。いつの間にかオフィスに仕事がないかと訪ねてくることもなくなっていたし、翻訳の仕事は頼みやすい若い人にやってもらうようになっていた。

 

久しぶりにスフさんの名を聞いたのが訃報だった。 年末に釣りに行き、吹雪の夜ゲルに泊まったのだが、ウォッカで泥酔し、外に小便に出たまま帰らなかった。翌朝、ゲルの近くで硬くなったスフさんが見つかった。道に迷い寝てしまったらしい。

 

酔って水面の月を捉えようとして溺死した李白の最後に似ていなくもない。

出典:2017年9月19日「徒然にモンゴル法」掲載