調停とバッジ

2013年8月27日

モンゴルの裁判所で調停人として勤務する人には、調停人徽章が配布される。いわゆる「調停人バッジ」である。このバッジ、モンゴルでは結構好評である。

調停人バッジを作ったのは次の理由による。まず、パイロット・コートで勤務する調停人のモチベーションを上げるため。次に、調停人という仕事に対して関係者に憧れをもってもらうためだ。
モンゴルでは、勲章やバッジは、人の評価を高める効果的なアイテムだ。旧ソ連をはじめ多くの社会主義国では勲章やバッジが多数発行されている。モンゴルも旧社会主義国の伝統か、国家機関だけでなく各種民間団体も勲章やバッジを多数発行している。比較的高齢の人が多いが、背広やデール(モンゴルの伝統衣装)に勲章を多数つけている姿は町中でよく見かける。国民1人あたりの勲章授与数はモンゴルが世界一とのデータもあるらしい。学生のときは優等生バッジ、卒業したら卒業バッジ、徴兵されたら各種記章、就職した職場では職員バッジ、仕事を頑張ったら優秀職員バッジ、独立して自営業を始めたら業界団体のメダル、さらにレベルアップした人には国や省庁が発行するメダルや勲章…と、モンゴルでは人生の各場面にバッジがついてまわる。

バッジ大好きで目の肥えた人たちに気に入ってもらうため、調停人バッジの制作には手間をかけている。プロジェクトでは、まず、ワーキング・グループのメンバーからバッジのイメージについて意見を集めた。集まった意見をもとに複数の勲章製作会社にデザイン画の作成を依頼した。最も評価の高かったデザイン画に基づき、バトフーさんというおじいさんが経営する会社にバッジの制作をお願いした。
このバトフーさんは、勲章、バッジの制作にかけては第一人者であり、おそらくモンゴルで一番腕がよい職人の1人だ。バトフーさんは、学校を出てすぐに勲章制作に携わり、これまでさまざまな勲章、バッジを手掛けてきた。たとえば、「モンゴル人民共和国名誉市民メダル」という、勲章好きで知られた旧ソ連のブレジネフ書記長に贈呈するためモンゴル政府がただ2つだけ作った勲章がある。この勲章を制作したのもバトフーさんだ。贈呈式の前日までブレジネフの体格に合わせて勲章の細部を微調整していたという話を私に聞かせてくれた(なお、ブレジネフ書記長に贈呈した残りの1つの勲章は、モンゴル国立銀行の金庫に保管されているとのことである)。
調停人バッジの最初の試作品は、洋服のボタンのような雰囲気になってしまった。地金が薄く立体感が出なかったのだ。地金を厚くすれば解決するのだが、製作費が高額になってしまう。予算と相談しながら厚さを調整した。また、バッジ表面全体にはごく弱め、中央部分には強めのイブシ加工をしているのだが、このイブシ加工の強弱についても何度も調整し、現在の調停人バッジとなった。

調停人バッジの中心部分のデザインは、「5本の矢」だ。これは『元朝秘史』にある伝説、『アランゴア夫人の教訓』に基づいている。チンギスハーンの祖先ドブメルゲンの妻にアランゴア夫人という人がいた。彼女は争い合う5人の息子それぞれに1本ずつ矢を与えて折らせた。すると、5人とも簡単に折った。次に5本の矢を束ねて折らせると誰も折ることができなかった。アランゴア夫人は「あなた方5人は仲良くすれば5本の束ねた矢のように強くなれる。だから、これからはこの5本の矢ように結束しなさい」と息子たちを戒めた。人の和についての教訓としてモンゴルではよく知られた話であり、モンゴルの人は5本の矢といえばこの話を連想する。司馬遼太郎氏も『モンゴル紀行』(『街道を行く』第5巻)の中でこの伝説について解説しているのでこの話をご存じの日本の方も多いだろう。バッジの周囲はモンゴルで純潔の象徴である蓮の葉で囲まれている。バッジの材質はシルバー925(sterling silver)で、結構豪華な造りだ。

ところで、日本にも、調停委員徽章は存在する(日本では「調停人」ではなく「調停委員」と呼ぶ)。調停委員のバッジを見た調停利用者から「調停委員は弁護士さんですか?」と尋ねられることがあるが、弁護士のバッジと似ていないこともない。しかし、よく見れば、調停委員のバッジは16弁の矢車菊の中心に「調」の文字が入っており、ひまわりの中心に天秤が入る弁護士バッジとの違いは明らかである(ただ、弁護士が調停委員として勤務している際には、調停委員バッジではなく弁護士バッジをつけていることも多いようだ)。矢車菊の花言葉は「幸福、繊細」であり、多くの小花が集まるその形状から「協調」の意味が込められているらしい。バッジのデザインにも国柄が現れている。モンゴルはなんだか力強い感じで、日本は柔らかな感じがする。

モンゴルに話を戻す。
調停人バッジは、これまではパイロット・コートで勤務する調停人だけがつけていた。バッジの人気は高く、弁護士会調停センターの調停人や裁判所調停部の書記官などから、「自分も欲しい、なぜもらえないのか」といった苦情が寄せられていた。これほど欲しがってもらえるというのは、私にとっては嬉しい苦情であった。
2013年11月1日からモンゴル全国の裁判所で調停が開始する。全国の裁判所の調停部門で勤務する調停人と裁判所職員に対してこのバッジが配られることも決まった。そこで、この夏、急きょバッジを追加で作成した。11月1日以降は、バッジの管理、増産はモンゴル側が行うこととなる。
調停人バッジをつけた調停人たちがもうすぐモンゴル全国で勤務し始めることとなる。バッジに込められた思いを汲んで、利用者に信頼され尊敬される調停人であってもらいたいと切に思う。

JICA専門家 岡 英男

出典:JICA調停制度強化プロジェクトフェーズ2「プロジェクトニュース」2013年8月27日