弁護士になった理由

弁護士になりたかったわけではない。少なくとも、最初はそうであった。

私は関西の有名私立大にいた。周りはサークルに入り、恋愛をし、旅行に行き、いかにもその大学の雰囲気に沿っているらしい生活を送っていた。私はどうもそういうものになじめなかった。3年生くらいからは、一人で図書館へ行き、本を読んで帰るだけの毎日である。人にはそれぞれ居場所があるというが、その大学には、私の居場所は図書館くらいしかなかった。

そうすると、妙なことを考える。せめて何か一つくらい、人より優れていると思えるものが欲しい。当時の私には、それが司法試験くらいしか思い浮かばなかった。キラキラした大学生活を送れないのであれば、せめてなんとかプライドを満たすには司法試験でも受けるしかないか、という気持ちである。

3年生のとき、試しに受けてみた。すると、択一試験で思いのほか良い点が取れた。人間とは単純なもので、「案外いけるかもしれない」と思ってしまう。そこから勉強を始めた。もっとも、その頃の私は褒められたものではない。就職活動も「司法試験があるから」と言い訳をしてやり過ごした。卒業後もアルバイトをしながら、司法試験を言い訳にゲームばかりして、昼夜逆転の生活を送っていた。今思えば、実にだらしのない生活である。当然のように司法試験には落ち続けた。

 

そこで、裁判所職員になった。私は、それでも満足していた。裁判所の仕事は嫌いではなかったし、書記官の仕事にもやりがいはあった。しかし、裁判所に勤めて初めて分かったことがある。裁判所というところは、明らかな身分社会である。医師と看護師、大学教員と事務職員のようなもので、職業に貴賤はないというのは当然の前提だとしても、権限も待遇も評価も同じではない。法曹とそれ以外。この間には越えられない壁があった。あるとき、地方の裁判所で勤務していた頃、弁護士同士が、「○○先生は国家公務員Ⅰ種試験にも受かっていて優秀だ」という話をしていた。私は心の中で苦笑した。私も同じ試験に合格している。そのうえ裁判所Ⅰ種試験にも合格している。しかし、彼らがそれを聞いても「すごいですね」とは言わない。同じ試験に合格していても、弁護士なら優秀、書記官なら事務員である。肩書とは、それほどまでに人の評価を左右するものなのかと思った。

日常の仕事でもそうであった。弁護士は裁判官には丁寧に応対する。しかし、書記官はほとんど目に入っていない。悪気があるわけではない。書記官という存在そのものが、風景の一部なのである。弁護士だからといって、皆が立派だったわけでもない。法廷で居眠りをし、いびきをかいている人もいた。それでも、その人は「先生」であり、私は「風景」である。私はそこで理解した。彼らと対等に話をしたければ、いやこんな奴らと対等に話す気持ちなど毛頭ないが、彼らに対等に扱わざるを得なくさせるためには、司法試験に合格する以外に方法はない。

丁度その頃、法科大学院制度が始まり、、私は法科大学院に行き、その後、司法試験に合格し、弁護士になった。

 

世の中には、「人助けがしたかった」、「困っている人の力になりたかった」といった理由で弁護士を志した人もいる。むろん美談であるし立派な話でもある。しかし、私にはそのような話はない。金もうけがしたかったわけでもない。私は、裁判所で見た法曹という世界に復讐するために弁護士になった。肩書だけで人を評価する。弁護士というだけで先生と呼ばれ、法曹以外は景色の一部になる。外から何を言っても、「書記官が何か言っている」で終わる。こういった世界のことである。外から石を投げても届かないことは経験上身に染みている。ならば、弁護士という資格を取り、その内側から法曹という世界で当たり前だとされる空気をぶち壊してやろう。そう思った。

普通なら、依頼者に聞かれてもここまで話さない。こんなことを書けば同業者に嫌われることも知っている。しかし、「弁護士とはそういうものだ。」という空気を嗅ぐ都度、なおさら書こうと思う。私が壊したいのは、「弁護士だから正しい」、「法曹だから偉い」という、あの空気である。

私が弁護士になった目的は、弁護士になることではなかった。法曹という世界の内側へ入り、その世界を、一つずつ疑い、一つずつ壊していくことである。

2026年7月24日